宗派よりも気持ちが大切 ― 人間は弱い生き物だから
私たちは、日々の暮らしの中で「信じる」という行為を、思っている以上にたくさんしています。
明日も太陽が昇ると信じ、誰かが自分を裏切らないと信じ、努力すれば報われると信じる。
そうした“信じる力”があるから、人は立ち上がり、前へ進むことができます。
では、「神様を信じる」とは何でしょうか。
それは特定の宗教や儀式を信じることではなく、
「見えないものにも意味がある」と心から感じることだと私は思います。
宗派よりも大切なのは、心の姿勢
世の中にはさまざまな宗派や信仰の形があります。
けれども本当に大切なのは、「どの宗派か」ではなく、
**“どんな気持ちで神様を思うか”**という部分です。
たとえば、祈りの言葉が違っても、願う心が「誰かの幸せ」であれば、
その祈りには同じ“光”が宿ります。
逆に、宗派にこだわりすぎて他人を否定するようになれば、
それはもう「信仰」ではなく「分離」になってしまうでしょう。
神様は、人間の作った枠の外に存在しています。
どの道を通っても、結局は同じ光にたどり着く。
そのことを理解できるようになると、心はとても穏やかになります。
人間は弱い生き物だから、信じる力が必要
私たちは、いつも強くあろうとします。
でも実際は、孤独や不安、嫉妬や恐れに揺れる弱い存在です。
だからこそ、人は“見えない存在”を信じることで、自分を支えてきました。
神様を信じるというのは、**「弱さを受け入れる勇気」**でもあります。
何かにすがることは恥ずかしいことではなく、
それは「自分を支える軸を見つけようとする心の動き」です。
人は一人では生きられません。
そして目に見える人間関係の背後にも、
いつも見えない大きな存在が見守ってくれている――
そう思えた瞬間から、人生は少しずつ優しく変わっていきます。
神様を信じるということは、「愛を思い出す」ということ
神様は、遠くの空にいるわけではありません。
あなたの心の中に、静かに息づいています。
信じるという行為は、「外の存在を探すこと」ではなく、
**「自分の内にある愛を思い出すこと」**です。
宗派や形式にとらわれず、
ただ「ありがとうございます」と心の中で唱えるだけでもいい。
それが、神様とのつながりを感じる最も純粋な祈りの形です。

