人を騙してお金を儲ける人は、神様が見ている――人の道を外れないということ

「どうせバレない」
「みんなやっている」
「結果さえ出せばいい」

お金が絡む場面では、
こうした言葉が簡単に使われるようになります。

けれど、日本には昔から、
こんな感覚がありました。

「見ていないようで、見られている」
それを、私たちは「神様」と呼んできたのかもしれません。


神様とは、罰を与える存在なのか

「神様が見ている」というと、
悪いことをすると罰が当たる、
そんなイメージを持つ人もいるでしょう。

でも本質は、
もっと静かなものだと思います。

神様とは、
雷を落とす存在ではなく、
人の行いが、その人の人生にどう返ってくるかを
静かに見届ける存在

騙して儲けたお金は、
すぐに消えないかもしれません。
むしろ、一時的にはうまくいくこともあります。

問題は、その“あと”です。


人を騙すと、何が失われるのか

人を騙して得たお金は、
帳簿上は「利益」かもしれません。

でも、同時に失っているものがあります。

・人からの信頼
・自分自身への誇り
・「正しく生きている」という感覚

これらは、
お金では買い戻せません。

特に怖いのは、
自分を誤魔化す感覚に慣れてしまうことです。

一度それに慣れると、
「人の道」を外れていることに
気づかなくなっていきます。


「人の道」とは、難しいことではない

人の道というと、
立派な道徳や正義を思い浮かべがちですが、
実はとてもシンプルです。

・相手を利用しない
・嘘で得をしない
・弱い立場の人を踏み台にしない

これだけです。

特別に善人である必要はありません。
ただ、
自分がされて嫌なことを、
仕事やお金の場面でしない

それだけで、
人の道から大きく外れることはありません。


騙して得たお金は、人を幸せにしない

不思議なことに、
人を騙して得たお金は、
なぜか心を満たしません。

・もっと欲しくなる
・常に不安がつきまとう
・人を信じられなくなる

「いつか自分も裏切られるのではないか」
そんな恐れが、
心の奥に居座り続けます。

これは罰ではありません。
行いが、そのまま心の状態を作っているだけです。


神様が見ている、という感覚の大切さ

「誰も見ていないから大丈夫」
そう思った瞬間に、
人生は少しずつ歪み始めます。

逆に、
「見てくれている存在がある」
そう思える人は、
一線を越えにくい。

神様とは、
外にいる存在というより、
自分の中の良心を形にした言葉
なのかもしれません。


正直に生きる人は、回り道に見えて近道

正直に生きる人は、
一時的には損をすることがあります。

・儲け話を断る
・無理な売り方をしない
・相手の利益を考える

でも長い目で見ると、
信頼が積み重なり、
人が離れません。

結果として、
仕事も、人間関係も、
お金も、静かに続いていきます。

これこそが、
神様に恥じない生き方なのだと思います。


最後に

人を騙して得た成功は、
見た目は派手でも、
足元がとても脆い。

人の道を守る生き方は、
地味で、時間もかかります。
でも、心が壊れない。

神様が見ている――
その感覚を忘れないことは、
自分自身を守ることでもあります。

お金より大切なものを、
ちゃんと大切にできる人が、
結局は一番、遠くまで行けるのだと思います。