誰かを殺して自分を終わらせる──そんな思いに取り憑かれることがあるかもしれません。短絡的に「人を1人失えば自分も終われる」と考える人がいますが、それは決して解決になりません。ここでは、法的・倫理的な観点だけでなく、あの世・魂の視点からも「なぜそれが絶対に良くないのか」を伝えたいと思います。あなたが今どれほど苦しくても、そしてどれほど追い詰められていても、その選択は誰も救いません。むしろ新たな、永続的な苦しみの連鎖を生みます。
まず一つは、被害者とその遺族の苦しみです。命は取り返せません。あなたがどんな理由であれ、誰かの命を奪うことは、その人の人生、家族、友人、未来を一瞬で奪う行為です。その悲嘆は何世代にも渡る深い傷となり、あなたが受けようとしている苦しみは比べものにならないほど広がります。
次に、法と社会の反応です。殺人という行為は重大な犯罪です。逮捕、裁判、そして社会的な烙印がつきます。「死を選ぶために他人を巻き込む」ことは、自分自身の尊厳も他者の尊厳も踏みにじる行為です。どんなに苦しくても、他者の命を対価にして自分の問題を解決することは許されません。
スピリチュアルな視点から見れば、命は肉体の終わりで終わるものではありません。多くの伝統や信仰は、魂が死を越えて続くことを教えます。たとえ人が肉体を失っても、魂の記憶や行為の重さは消えません。誰かを殺して終わろうとする行為は、あの世でも「解消されるべき重い業(カルマ)」を自らに刻むことになります。地獄や苦しみの世界があると信じるなら、その経験は決して軽くはないでしょう。仮に地獄の存在を信じない人であっても、「魂の重み」「良心の呵責」は死後も何かしらの形で続く、と考える人は多いのです。
「死んでいい人など誰もいない」──これは単純でいて深い真理です。どんなに過ちを犯したとしても、人は変わる力を持っています。生きているうちに償い、学び、向き合うことこそが本当の救いです。あなたが感じる苦しみや絶望は、「今の状態が永遠だ」と錯覚させることがありますが、人は支援を受けて変われます。だからまずは「誰かを傷つける」ではなく、「誰かに助けを求める」選択をしてほしい。助けを求めることは弱さではなく、未来を選ぶ勇気です。
ここで、もしあなた自身や周りの誰かが「誰かを殺して死刑になろう」と真剣に考えているなら、今すぐ行動してください。危険が迫っているなら警察(110)・救急(119/地域による)に連絡する、あるいは最寄りの医療機関や精神保健の相談窓口に相談することが必要です。話す相手がいないと感じるなら、自治体のメンタルヘルス相談や自殺予防ホットラインに連絡を。ひとりで抱え込む時間が長くなるほど、視野は狭くなり判断は危うくなります。すぐ助けを求めてください。
最後に、あなたへ伝えたいこと。あなたもよく頑張っている。苦しみや後悔を抱えながら、それでも闘って生きている人はたくさんいます。あなたも一人ではありません。今ここで「誰かを傷つける」という選択ではなく、「助けを求める」という小さな行動を選ぶことができれば、その先に必ず別の道が開けます。魂の重さを増やす選択ではなく、魂を軽くするための歩みを始めてください。あなたの命も、他人の命も、どちらも尊いのです。

